地理的プロファイリングの数式
ビジネスや社会のさまざまなシーンで、大量の情報を有効に活用して問題を解決するニーズが高まっている。情報の活用=データマイニング、というのが昨今の数式である。ビジネススクールでも、データマイニングツールSPSSやClementineは大人気である。
しかし、この数式には注意が必要だ。
データマイニングは、ある入力データにある数学的な手順を施した結果を出力するに過ぎない。対象とする問題への理解を深めずにツールに頼っても、問題の解決はおぼつかない。その意味するところを、情報の活用が最もクリティカルな犯罪捜査の分野から学んでみよう。
アメリカCBSの人気ドラマシリーズNumb3rsの解説書Numbers behind Numb3rs (by K. Devlin and G. Lorden, A Plume Book (2007)) で、最初に解説されているのが地理的プロファイリング(geographic profiling)である。Numb3rsには、犯罪捜査を支援するさまざまな数学的手法が登場する。FBI捜査官Donが、弟の数学教授のCharlieの助けを借りて、事件を解決するストーリーだ。解説書の方は、アメリカで教科書に使っている学校もあるほどだ。
さて、地理的プロファイリングとは、犯罪の発生場所から、犯人の住居や活動拠点を突き止める統計的な手法である。例えば、連続殺人事件や高級車を狙った連続窃盗事件の解決に活躍している。
地理的プロファイリングは1990年代初頭に確立した手法で、現在では多くのツールとして実装されている。K. Rossomoは、1991年に新幹線で移動中に思いついたアイディアからRigelを開発した。現在は、Rossomoの会社ECRIがツールを提供している。他にも、G. M. Godwinの多変量解析を応用したPredator、N. Levineの空間統計学を応用したCrimestat、D. Canterの犯罪心理学を応用したDragnetなどが知られている。D. Canterの著書Mapping murder: The secrets of geographical mapping (Virgin Books (2003))には実例が引用されており、犯罪捜査の現場を垣間見ることができる。
これらのツールに共通する技術的な要点は、捜査中の犯罪のパターンを既知のパターンと比較して、捜査に欠けている情報を推理することにある。パターンと言うのは、家や仕事先を基点として犯罪者が犯罪を企てる場所の分布のことである。例えば、既知のパターンで、家から犯行現場までの移動距離は、さほど小さくなく、しかも、さほど大きくなく適度にバランスするのがわかっていれば、数式を用いて移動距離の分布をモデル化することができる。「さほど小さくなく」は、家に近いと危険なため、家の周りに一定の緩衝地帯を設け、その外で犯罪を企てる傾向を示している。一方、「さほど大きくなく」は、いざという時に不案内な土地での犯行は不便なため、避ける傾向があるのを示している。
数学的に表現すれば、犯人の行動をモデル化して家と犯行場所との関係性を導いておき、捜査中の事件のデータを関係性にあてはめて推論することである。多くのツールがデータマイニングとして実行しているのは、「データを関係性にあてはめて推論する」処理である。しかし、これらのツールの独自の強みは、「犯人の行動をモデル化して家と犯行場所との関係性を導いておき」の部分にある。そこには、犯行場所の選択や犯人の行動の規則性についての心理学的な理解があり、その理解を膨大な量の事例で検証して、関係性として定式化した過程が隠されている。
では、関係性を生む変数は何か?
犯罪を企てる場所にとって重要なのは、周辺に交番がないことや通行人の少なさではなく、犯人の家からの適度な移動距離である。この知見に到達するまでには、本質を捉えたまま、問題の構造を単純化する試行錯誤の過程がそこにあるのだ。この点こそが、観察を積み上げて科学的な理解を深める過程なのである。データに数学的な手順を施せば自動的に得られるものではない。
なぜ、そのデータなのか? なぜ、その手順なのか? そう振り返りつつ、問題の科学的な理解を深めることが解決につながるのである。
最後に、もうひとつ。地理的プロファイリングは、指紋やDNAの鑑定のような直接的な証拠ではないので、少なくとも法的に意味のある犯人特定の手段とはならない。物的証拠を見つけるための捜査の指針を立てる支援ツールと捉えるのが適切だろう。例えば、地理的プロファイリングの結果をもとに、張り込みを実施する地域や監視する被疑者を絞り込むことができるだろう。地理的プロファイリングが成功した要因は、住居を突き止める可能性が予想以上の高いことに加えて、その後の捜査のアクションにつなげやすいことなのだ。
情報の活用=次に採るべき行動を示すこと。
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