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2010年2月 8日 (月)

拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(1)

typhoonこれからしばらく、成長しながら伝播し拡散する特色を持つ多様な社会現象・物理現象を論じていきたい。特に、理論と観測データを使って、このような現象を支配するメカニズムを科学的に理解する新たな方法を考えてみたい。

リスクを運ぶネットワーク

一段と加速するグローバル化によって、人・モノ・金・情報の流れを妨げる国境など無いに等しい時代が訪れている。グローバル化は、新たな経済発展とビジネスの機会を産み出す一方、いかがわしいものが舞い込んでくるリスクを増大させる。

アル・カイダや麻薬密売組織が世界中にネットワークを広げている事実は、よく知られている。テロリストや犯罪者が、国境を越えて私たちの身近なところに潜んでいるかもしれない。2001年の9/11事件で旅客機をハイジャックしたグループの主犯格モハメド・アタは、エジプト生まれで、ドイツの大学に通い、アメリカでパイロットの訓練を受けていた。各国当局は、不正な資金がテロリストの資金源にもなっていることを大いに危惧している。麻薬や武器の密売がからむ不正な資金が外国で洗浄されて、何食わぬ顔で市中にまかり通る現実があるからだ。

また、根拠のない噂や迷信が流布して、まことしやかに広がることもあるだろう。最近は、サイバースペースに無数の情報が流れているが、信憑性に疑問がある場合も多い。都市伝説なら他愛ないかもしれないが、偏見、誹謗中傷、政治的プロパガンダが仕込まれた作為的な情報が冷静な判断を損ねるリスクは重大だ。

2009年にメキシコから世界じゅうに広がった新型インフルエンザも記憶に新しい。日本でも多くの感染者が出て、社会問題にもなっている。2010年に入っても、危機が去ったとは言えない状況にある。2003年には、重症急性呼吸器症候群(SARS)のウイルスが、瞬く間に中国から世界じゅうに広がった。このような感染症の大流行(pandemic)は有史以来数多くあり、不幸にして100万人規模の死者が出た例さえある。モンゴル帝国下の東西交流がもたらした14世紀のペストや、第一次世界大戦中の1918年にアメリカから広がったインフルエンザなどは、特に悲惨な例だ。

しかし、現代の感染症の大流行は、さらに危険なものだ。というのは、各大陸の多くの都市に張り巡らされたグローバルな航空機のネットワークを介して、数日の内にウイルスが世界じゅうに広まってしまうのだ。潜伏期間の長いウイルスであれば、ホストの人間が発症する前に、ホストと共に感染の発生していない地域へ移動してしまう可能性が高まる。例えば、SARSの場合、中国南部の広東省から国際都市香港へ伝播した途端、シンガポール、台湾、ベトナム、マレーシアなどのアジア、アメリカ、カナダなどの北アメリカ、イギリス、フランスなどのヨーロッパへと一気に拡散していった。遠く、ブラジルなどの南アメリカでも感染者が出ている。

地球の裏側からでも飛んでくるグローバル時代のウイルスは、我々の日常生活を脅かす、特に身近なリスクと言えよう。

疫学(epidemiology)では、感染症が発生した地域から隣接する地域への拡散をシミュレーションで再現して、拡散を封じ込めるために有効な対処法を研究し各国当局の対応に役立てている。

どの地域の交通や大勢が集まるイベントを制限すべきか?

限られた量のワクチンをどの地域に割り当てて接種すべきか?

一般に、このようなシミュレーションでは、地域間の人の移動量や地域内での人と人との接触頻度についての統計的な知見が重要な役割を果たす。しかし、人の移動量や人と人との接触頻度についての実測値や統計的な知見が存在するとは限らない。たとえ存在していても、精度の不充分さや最新の実情との乖離が懸念されることが多い。そのため、往々にして、シミュレーションでは再現できない、遠隔地への思わぬ飛び火が起こったりする。

例えば、2004年に発表されたハフナゲルの研究は、世界の主要都市間の旅客機ネットワークの輸送量にもとづくシミュレーションによって、SARSの感染拡大をおおむね再現できることを示した。しかし、香港で感染者が急増し始めた2003年2月19日から90日後の5月20日の予測値を見ると、実際の値からかなりはずれている場合がある。シミュレーションでのカナダの感染者数(の累積値)の期待値は42人・最大値は107人と予測されたが、実際の感染者は140人で、10日後の5月30日には188人に達している。逆に、日本の感染者数の期待値は60人・最小値は27人と予測されたが、実際に感染者は発生しなかった。オランダやバングラディッシュでも感染の発生が予測されたが、実際に感染者は発生しなかった。

シミュレーションの予測は、大きく誤る場合がある。つまり、地域間の人の移動量や地域内での人と人との接触頻度を既知とはできない場合があることを頭に入れておく必要がある。むしろ、これらを推定する問題を避けて通れないということだ。

地域をノード、人の移動をリンクとして問題を抽象化した上で一般化すると、ネットワークのリンクに沿ってノードからノードへ伝播しながら成長する現象について、ノードで観測されたデータから、直接的に観測できないネットワークのトポロジや伝播、拡散、成長に係わるパラメータの大きさを推定する問題となる。数学的に、不均一な空間での反応拡散過程(reaction-diffusion process)という視点で見てみると、理論的にもたいへん興味深い問題である。

ウイルスの拡散に留まらず、人・モノ・金・情報の流れを理解するには、その背後にある未知のネットワークの解明が重要な鍵となる。地球上の物理的な空間だけでなく、サイバースペースでの情報の流れを理解する際にも有用であろう。

最後に、ひとつ、注意を喚起しておきたい。

最近、ネットワーク科学という呼び名を耳にする。これは誤解を招きやすい表現だ。"科学"の前に持ってくるのは、手段ではなく、科学的探求のターゲットとなる観測可能な対象物や現象だろう。脳科学は、脳を探求する、とズバリ言っている。ネットワークは、探究のターゲットを指すのではない。ターゲットを理解するための普遍性の高い数学的な記述の手段、表現の手段を指すと考えた方がよい。その点を理解して、誤解が成長し拡散しないようにしたい。

次回は、成長しながら伝播し拡散する現象が持つ特徴的な点を論じる予定である。

pencil Dr. Yoshiharu Maeno, Social Design Group.

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今のマスコミや識者の言うことにフラフラついてゆくと、とんでもない所へ行ってしまい ます。 [続きを読む]

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