拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(2)
成長しながら伝播し拡散する現象の背後にある未知のネットワークの解明に向けて、この問題への取り組みを難しくしている複雑さを整理し、問題の性質を明らかにしておきたい。大きく分けて、複雑さにはふたつの側面がある。拡散現象そのものが持つ複雑さに加えて、ネットワークの解明という問題定義が持つ逆問題としての複雑さである。
今回はまず、拡散現象そのものが持つ複雑さを見てみよう。
現実に起こっている拡散現象を理解するには、非決定性と空間の不均一性の組み合わせに由来する複雑さを理解する必要がある。
拡散現象の非決定性
非決定性(stochasticity)とは、システムの時間発展が確率的であり、最初の状態が詳細まで知られていても、その後の展開がどうなるか分からない性質を指す。非決定性が生まれる源は、さまざまである。観測の精確さを制約する雑音はひとつの源になっているが、さらに根底には、システムを変化させるさまざまな事象そのものに内在するゆらぎが隠されている。ここでは、ゆらぎに注目し、カオス現象を引き起こすような非線形性を議論に含めることはしない。
1827年に科学的で体系立った探求の始まったブラウン運動での粒子の不規則な動きは、非決定性の代表的な例である。
粒子は、周囲の媒質の熱運動する粒子から不規則な衝突を受けて、ゆらぎながらさまよう。最初の位置から、その後の粒子の位置を精確に予測することはできない。1905年に、アインシュタインはゆらぎを拡散方程式に帰結するブラウン運動の理論を発表した。アインシュタインの優れた着想は、1809年にラプラスが発表した確率密度関数の時間発展と結びつけて、物理現象としての粒子の不規則な動きを確率の概念で定式化したところにある。つまり、直接観測できないミクロな動きをマクロな世界の確率的な不確かさとして再現したのである。
ブラウン運動のような現象を確率過程と呼ぶ。確率の概念で不規則な動きを捉えると、ひとつひとつの粒子の位置を精確に知ることの意義が薄れ、システムの統計的な性質を理解することが重要になってくる。例えば、粒子の位置の平均値は経過時間によらず最初の位置と同じままだとか、位置の分散値は経過時間に比例して大きくなるとか、分かっている。こう分かるのは、拡散方程式を解いたおかげだ。
温度からシステムの状態の分布がア・プリオリに決まる平衡状態ではなく、確率過程を表す方程式を陽に解いて時間発展を求める非平衡状態の統計力学は、応用範囲が広く注目の分野である。電子デバイスのような応用物理学に留まらず、生態学や疫学における種の個体数の変動の研究にも用いられている。また、アインシュタインの理論が発表される前に、ラプラスの流れを汲んだレイリーやエッジワースに続いて、ポアンカレのもとでバシュリエが確率の概念で株価の変動を記述する試みを行っている。50年以上後に、サミュエルソン、ブラックとショールズらがバシュリエの試みを開花させ、オプションなどの金融商品の開発やコンピュータシミュレーション技術の発展に伴い、金融工学としてたいへん大きな分野に成長している。
確率過程を表す方程式について、後の回で詳しく述べる予定である。いろいろな方程式があるので、混乱しないよう少し整理しておこう。
チャップマン・コロモゴロフ方程式(Chapman-Kolmogorov equation)はマスター方程式とも呼ばれ、確率過程における状態遷移の基本的な原理を表す方程式である。しかし、一般に、マスター方程式を解くことは難しいので、さまざまな近似解法が用いられる。アインシュタインの拡散方程式は、確率密度関数の時間発展を記述するフォッカー・プランク方程式(Fokker-Planck equation)の一種で、連続的で、急峻な変化がないシステムの記述に適した偏微分方程式である。
ランジバン方程式(Langevin equation)は、システムのマクロな挙動が知られている場合に、相関のないゆらぎの項を加えてミクロな挙動を再現する確率微分方程式(stochastic differential equation)である。ゆらぎの項の与え方には任意性があり、やや現象論的な側面がある。ランジバン方程式の解は、統計的な性質ではなく、システムの時間発展を表す具体的な粒子の軌道を与える。ゆらぎを乱数で生成し、モンテ・カルロシミュレーションによって解析を行うことが多い。
さて、本題に戻って、感染症は世界的な大流行(pandemic)に至ることもあれば、短期間で終結(extinction)することもある。流行の初期の段階では、その後の時間発展を精確に予測することはできない。特に、感染者数が少ない時のゆらぎは大きく、典型的な確率過程だと考えられている。季節由来の外力(インフルエンザは毎年2月に流行するといった周期的な圧力)がある時には、時間発展が一段と複雑になり注意深い解析が必要になる。
空間の不均一性
空間の不均一性(spatial heterogeneity)とは、システムの局所的な特徴がその場所に依存して決まる性質を指す。不均一性がある場合に、システム全体をひとまとめに理解しようとすると誤ることになる。ひとつひとつの場所の特殊性やある場所と別の場所との間の交流のパターンが、複雑な現象を生み出すからだ。
50年以上前から、人と人とのつながりを示す社会ネットワークの研究が行われていたが、100万人規模の大規模な社会ネットワークに顕著に現れる不均一性が注目されるようになったのは割と最近のことである。1999年に発表されたスケールフリー性を持つバラバシ・アルバートモデルや1998年に発表されたスモールワールドのワッツ・ストロガッツモデルは、空間の不均一性をそなえた代表選手である。ネットワークは、不均一性を表すのにたいへん適した表現方法である。
場所の特殊性はノードの属性の違いによって、場所と場所との間の交流のパターンはリンクの有無やリンクの重みによって表現できる。バラバシ・アルバートモデルに特徴的なハブノードは、リンクの本数が桁違いに多いノードである。ワッツ・ストロガッツモデルに特徴的なショートカットは、均一なネットワークには見られない、離れたクラスタ間(または、ノード間)を直結してノード間の距離を縮めるのに大きな効果を発揮するリンクである。
AIDSのような性行為感染症(sexually transmitted disease)での感染者の社会ネットワークには、スーパースプレッダと呼ばれる感染拡大の中心となる感染者が存在することが多い。空気感染で広がる感染症での都市と都市の間の交通ネットワークには、SARSにおける香港のような特定地域から全世界規模へウイルスを伝播する役割を果たす都市が存在する場合がある。このような場合を念頭に置いて、感染者から非感染者へのウイルスの移動や都市から都市への感染者の移動に基づいて、感染症がどのように拡散するのか理解することが必要になる。
では、どのように、拡散現象そのものが持つ複雑さ、つまり、非決定性と空間の不均一性の組み合わせに挑めばいいだろうか?
規則的な格子を対象とすることが多いセル・オートマトンなどで用いられる平均場近似は、自分とその他(自分以外のすべての平均)の2者間の相互作用で近似する方法である。解析的な扱いに向いている利点があるものの、平均化されてしまい現実に存在する不均一性についての情報が失われやすい欠点がある。逆に、不均一性をより緻密に表現するには、ネットワークによる空間の近似ではなく、隣接していない遠隔地とも相互作用が起こる連続的な媒体を扱う必要が出てくる。しかし、数学的な扱いが難しく見通しが悪い問題を克服しなければならないだろう。
ここ5年ほど、疫学や物理学の研究では、ネットワーク上の移動ひとつひとつを確率の概念で陽に捉え、確率過程を表す方程式で記述する方法が主流となっている。その背景には、対象が離散的な媒体であり、解析的な扱いもコンピュータシミュレーションも割と現実的に実行できる点、現象の再現について比較的精度が得られる実績がある点がある。
次回は、ネットワークの解明という問題定義が持つ逆問題としての複雑さを見てみる予定である。
Dr. Yoshiharu Maeno, Social Design Group.
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投稿: rosezb16 | 2019年8月 2日 (金) 19時10分