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2010年4月30日 (金)

拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(5)

typhoon今回は、空間の不均一性を組み込んだメタポピュレーション・ネットワークとその考え方を物理的で連続的な空間に適用した反応拡散過程(reaction diffusion process)について述べる。

メタポピュレーション・ネットワーク

メタポピュレーションとは生態学の用語で、地域的に離れた集団における生物の個体群を意味する。1970年に、レビンスが昆虫の個体数の変動を研究するために提唱したものだ。

メタポピュレーション・ネットワークとは、メタポピュレーションとメタポピュレーションとの間の相互作用を含めて系全体の変動を解析するモデルである。感染症の拡散に適用すると、人間の集団を地理的な地域に分割し、地域内の変動と地域間の相互作用とを合わせて全体の変動を分析することになる。人間の単位でもなく、系全体の単位でもなく、その中間の地域の単位を扱うモデルだ。地域内の変動は、感染と治癒によって患者数が変化することに対応する。前回述べたSIRモデルを当てはめられる。地域間の相互作用では、人間の移動が原因で地域内の患者数が変化することになる。例えば、感染した旅行者がまだ感染の発生してない国を訪れて、そこで感染が急拡大することがある。

実用上、典型的な地域は都市である。そこで、都市をネットワークのノードで表現する。ノードの数をNとする。ひとつひとつのノードをni (0≦iN)で表す。人間は、航空機や鉄道の路線に相当する都市間のリンクに沿ってノードniからノードnjへ移動できる。以下の式の行列lで、ノード間のリンクの有無を表す。これによって、ネットワークのトポロジが決まる。例えば、リンクを航空機の路線とすると、直行便が飛んでいる都市間ではlij=1となる。

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ノードniの次数(nodal degree)kiをそのノードが持つリンクの数と定義する。以下の式で計算できる。

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ノードniでの非感染者が感染する割合をαiとする。治癒する割合をβiとする。これらの割合は、患者の隔離や投薬の度合いに応じて時間的に変化する場合がある。単位時間に1人の人間がリンクlijに沿って移動する割合をγijとする。この割合も、海外旅行を敬遠したり渡航が制限されたりすることで時間的に変化する場合がある。非感染者が移動する割合と感染者が移動する割合が等しいとは限らない。移動せずにノードniに留まる確率は、1-∑jγijである。単位時間に移動する人数は、γijと総人数との積である。人数の変動は、ノードに移動してくる人数とノードから移動して出ていく人数の差で表せる。移動中のような過渡状態を無視できる長い時間スケールでの変動を問題としよう。したがって、移動中の感染も考えない。

以下の微分方程式が、時刻tでのノードniにおける非感染者数Si(t)の変動を表す。右辺第1項が、前回述べたSIRモデルに対応する地域内の変動である。これに、移動に対応する地域間の相互作用を表す第2項、第3項を足し合わせる。γに付いた[S]は、非感染者の移動する割合であることを示す。

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以下の微分方程式が、時刻tでのノードniにおける感染者数Ii(t)の変動を表す。

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以下の微分方程式が、時刻tでのノードniにおける治癒者数Ri(t)の変動を表す。

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以下の微分方程式が、時刻tでのノードniにおける新規感染者数Ji(t)の変動を表す。新規感染は、移動とは無関係の地域内の変動である。前回述べたSIRモデルの式と同じになる。

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いくつかの仮説(近似)を採りいれて、モデルを単純にして考えよう。まず、感染する割合と治癒する割合は、ノードと時刻に依存しない定数とする。以下の式が成り立つ。

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移動する割合は、感染の状態と時刻に依存しない定数とする。以下の式が成り立つ。

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移動する割合は、ネットワークのトポロジlから決まる。ノードから出ていく人数の割合は、ノードに依存せず一定の値γである。ki本のリンクに沿って出ていく人数は、リンクに依存せず同じ値だとする。トポロジの関数として、以下の式でγijが与えられる。

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この式は、簡単で扱いやすく理論解析でよく用いられる。しかし、少し現実と乖離している。現実には、ネットワークのハブとなる大都市間のリンクに沿った移動の割合の方が、小都市への移動の割合よりずっと大きい。コリッザは、世界全体での旅客機の輸送人数を分析して、移動の割合がノードの次数の積の平方根に比例する特性を明らかにしている。この場合には、以下の式でγijが与えられる。

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これらの式によって、空間の不均一性を組み込んだ感染症の流行のモデルを組み立てられる。

反応拡散過程

メタポピュレーション・ネットワークは、空間をノードで離散化し、リンクによって2ノード間の相互作用を簡潔に表現するモデルである。一方、物理的で連続的な空間での局所的な変動と隣接領域間の相互作用を扱うモデルが、化学反応で古くから研究されている反応拡散過程である。ここでの隣接領域は物理的な近傍を意味し、メタポピュレーション・ネットワークでの任意の2ノード間に設定できるリンクとは意味合いが少し異なる。局所的な変動が反応で、隣接領域間の相互作用が拡散である。

時刻tにおける位置xでの分子S, I, Rの密度をS(x,t), I(x,t), R(x,t)とする。拡散は、密度の異なる領域間で分子が流れることに起因する。フィックの法則から、単位時間あたり単位断面積あたりの分子Sの流量(flux)Wは、gS/∂xとなる。以下の式は、多次元空間における分子Sの座標軸i方向の移動量を与える。

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出入りを差し引いた正味の密度の変動は-∂W/∂xである。次に、反応による分子の生成速度をaとする。化学反応によって分子Sが生まれる(消える)速度は、分子S, I, Rの密度(個数)に依存する。前回述べた組み合せ速度論である。化学反応を促進する触媒の空間的な分布や温度の時間的な制御を考慮すると、一般的にはa=a(S,I,R,x,t)と書ける。拡散と反応を合わせて、以下の微分方程式が、反応拡散過程の基礎方程式となる。

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この方程式が解けるのはごく簡単な場合だけで、定常状態の解析だけでもなかなか難しいことが多い。解くことよりも、対象とする系の特性を明示的に書き下すことに意義があるだろう。ここで取り組もうとしている、成長しながら伝播し拡散する特色を持つ現象を生み出すメカニズムは、局所的な状態遷移と密度の差に起因する大域的な流れとを足し合わせた連続的な変動である。これが問題の構造の核心である。他のメカニズムを考慮するには、変動の要因を見直して方程式を組み直す必要が出てくる。

次回は、今回採りあげたメタポピュレーション・ネットワークに非決定性を導入した確率過程を議論したい。確率過程を記述するツールとして、ブラウン運動の研究から発展したランジュバン方程式(Langevin equation)、そして、確率微分方程式(stochastic differential equation)について述べる予定である。

pencil Dr. Yoshiharu Maeno, Social Design Group.

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