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2010年5月27日 (木)

拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(6)

typhoon今回は、メタポピュレーション・ネットワークに非決定性を採り入れて、時間発展する確率過程を記述するランジュバン方程式(Langevin equation)について述べる。これは、確率微分方程式(stochastic differential equation)の一種である。

ゆらぎとランジュバン方程式

ランジュバン方程式は、法則として知られている巨視的(macroscopic)な変動を表す微分方程式にゆらぎの項を加えて、微視的(microscopic)な変動まで再現する確率微分方程式(stochastic differential equation)である。この方程式は、熱運動する媒質粒子から不規則で瞬間的な衝突を受ける微粒子のブラウン運動(Brownian motion)の研究から見出された。

1905年に、アインシュタインは、時刻t、位置xにおける微粒子の密度n(x,t)の変動を記述する偏微分方程式を導いた。これが、以下の式で与えられる拡散方程式(diffusion equation)である。a=0で、g=定数の場合の1次元の反応拡散過程の基礎方程式に等しい。

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拡散方程式を導く時に重要なのが、1個の微粒子が不規則な衝突を受けて移動する際の単位時間あたりの移動の大きさ⊿xの分布p(⊿x)である。分布p(⊿x)の2次のモーメントから拡散係数Dが決まる。微粒子の位置の分散値(密度の空間的な広がり)は、Dtに比例する。拡散係数Dだけで系の性質が決まり、p(⊿x)の具体的な関数形は拡散方程式に影響しない。アインシュタインが拡散方程式を導いた手順を一般化すると、確率過程における状態遷移の基本的な原理を表すチャップマン・コロモゴロフ方程式から確率密度関数の時間発展を記述するフォッカー・プランク方程式を導く手順になる。

その後、アインシュタインは、自ら扉を開いた非平衡統計力学(non-equilibrium statistical mechanics)よりも、同じ年に発表した相対論(theory of relativity)に傾倒していく。

一方、1906年に、ランジュバンは、アインシュタインとは異なる方向からブラウン運動の解析を行った。媒質の粘性(viscosity)に起因する摩擦力(摩擦係数η)とランダムな力ξを受ける微粒子を記述するニュートンの運動方程式から出発する。運動方程式は、以下の式で与えられる。

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運動方程式は、以下の式に変形できる。ここで、<x>enは変数xのアンサンブル平均を表す。アンサンブルとは、同一の確率過程に従う系の無数の複製を指す。

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熱平衡状態では、運動エネルギーの平均値は温度Tに比例する。ボルツマン定数をkとする。以下の式が成り立つ。

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さらに、ランダムな力ξについては以下の式が成り立つ。これは、ランダムであることの意味を規定する重要な式である。

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位置の分散値の変動は、以下の式で与えられる。

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その解は、以下の式で与えられる。充分時間が経過すると、微粒子の位置の分散値は、Dtに比例するようになる。これは、アインシュタインの結果と一致する。拡散係数Dは、2kT/ηで決まる。

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ランジュバンの功績は、巨視的な摩擦力にランダムな力を重ね合わせて、未知の微視的な衝突に起因する振る舞いを再現したことにある。平均値で表される巨視的な軌道の周りに相対的に微小なゆらぎが存在する、さまざまな系に応用できる。物理現象を確率の概念で記述するきっかけが、アインシュタインの場合には微粒子の密度n(x,t)であり、ランジュバンの場合には多数の軌道のアンサンブルに現れるばらつきであった。異なる方向から共通の理解に至った点が興味深い。

非決定的なメタポピュレーション・ネットワーク

ランジュバンにならって、メタポピュレーション・ネットワークに非決定性を採り入れよう。非決定性は、感染、治癒、移動が確率過程に従い、本質的にゆらぎを伴う事象である点に由来する。前回までに述べたように、感染、治癒、移動は、単位時間に1人あたりある一定の割合で起こる事象である。つまり、ポアソン的な確率過程である。近似的には、ある期間に発生する感染者の人数の分布はポアソン分布に従い、平均値と分散が等しいゆらぎが発生する。

そこで、平均値に等しい分散を持つランダムな項を追加しよう。以下の確率微分方程式が、時刻tでのノードniにおける感染者数Ii(t)の変動を表す。N個の連立方程式である。右辺の第五項は、第一項の感染に対応したゆらぎである。治癒や移動に対応したゆらぎも加える。ゆらぎの振幅は標準偏差の大きさとし、平均値の平方根とする。

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ここで、ランダムな項ξの具体的な関数形は未知である。その統計的な特性は、平均値0、分散値1のガウス型白色雑音としよう。ゆらぎの項の間のモーメントについて、以下の式が成り立つ。

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感染症の拡散はポアソン的な確率過程であるため、理論、観測データの両面から見てこの仮定は妥当である。特に、シミュレーションで感染症の拡散を再現する研究で利用されている。化学反応の組み合せ速度論でも、この仮定は妥当である。一方、株式市場のゆらぎは、ブラウン運動よりもレビー・フライト(Levy flight)に近いことが分かっている。レビー・フライトでは、時折遠くの位置へ大きなジャンプが起こる。ここでは、モーメントが発散する冪分布などに従うゆらぎを仮定する必要があり、取り扱いがたいへん難しい。現在でも、標準的な理論はなく、大きな課題である。

以下の確率微分方程式が、時刻tでのノードniにおける非感染者数Si(t)の変動を表す。

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以下の確率微分方程式が、時刻tでのノードniにおける非感染者数Ri(t)の変動を表す。

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これらの3N個のランジュバン方程式をコンピュータ・シミュレーションで数値解析する場合には、ガウス型白色雑音を乱数で発生させる。コンピュータの能力があれば、変数が多く複雑な方程式でも扱える。しかし、その解は乱数に依存するため、一般的な特性を計算したことにはならない。ひとつのサンプルを生成したにすぎない。多数のサンプルを生成してアンサンブルの性質を調べるか、解析的に扱って見通しを良くするか、どちらかが必要がある。

次回は、ランジュバン方程式を解く方法について述べる予定である。フォッカー・プランク方程式についても述べる。

pencil Dr. Yoshiharu Maeno, Social Design Group.

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