« 拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(6) | トップページ | 拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(8) »

2010年6月14日 (月)

拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(7)

typhoon今回は、感染症の拡散を表す具体的な方程式を離れて、一般的なランジュバン方程式を解析的に取り扱う方法を述べる。

確率微分方程式

N個の変数xi(t)の時間発展を記述するランジュバン方程式の一般形は、以下の式となる。

37

μとσは、変数xと時刻tの関数である。時間発展には、M個のゆらぎξjが関与する。ランジュバン方程式を積分してxの時間発展を求めるには、右辺第二項のσとξの積をどう扱えばいいのだろう?ブラウン運動では、ξの効果は媒質粒子から受ける不規則で瞬間的な衝突である。この「瞬間」の解釈によって、積分の結果が異なる。伊藤解釈では、ξと掛け合わせるσの値は、瞬間的な衝突を受ける直前の値とする。伊藤とは、この解釈を公理として確率過程を含めた微分積分学(calculus)を立ち上げた数学者の伊藤清先生のことである。一方、ストラトノビッチ解釈(Stratonovich interpretation)では、σの値は瞬間的な衝突を受ける直前の値と直後の値の平均値とする。物理的には、瞬間と言っても、衝突が始まってから終わるまで、ゼロではない有限の大きさの時間がかかる。となると、ストラトノビッチ解釈が自然だろう。しかし、理想化された数学的な極限を考えるには、伊藤解釈が妥当だろう。これから、伊藤解釈に従ってランジュバン方程式を積分する。

伊藤解釈では、微小時間⊿tの間のxiの変動⊿xiは以下の式で与えられる。ここで、xiは時刻の関数ではなく、時刻tにおける確率変数として扱うことに注意する。

38

さきほど述べたように、右辺第二項のσの値は、tからt+⊿tの間のゆらぎを受ける直前の値σ(t)とする。定数として、積分の外へ出す。なお、o(x)は、x→0の極限でf(x)/x→0を満たす関数f(x)とする。この式の両辺のアンサンブル平均をとる。ξはガウス型白色雑音の性質を持つので、アンサンブル平均の値はゼロである。右辺第一項だけが残る。したがって、xiの1次のモーメント<xi>の時間発展は、以下の式で与えられる。つまり、ゆらぎのない巨視的な軌道の時間発展を表す微分方程式に戻る。

39

次に、微小時間⊿tの間の変動⊿xiと変動⊿xjの積は、以下の式で与えられる。変動⊿xiを表す式をふたつ掛け合わせる。

40

1次のモーメントの計算と同じように、この式の両辺のアンサンブル平均をとる。やはり、ξはガウス型白色雑音の性質を持つので、右辺第一項の被積分関数にデルタ関数が現れ、積分を実行できる。右辺第二項、第三項はゼロである。したがってxixjの間の2次のモーメント<xi xj>の時間発展は、以下の式で与えられる。

42

ここで、微小な変動について成り立つ以下の式を用いた。

41

最後に、同じ計算の手順で、xixjxkの間の3次のモーメント<xi xj xk>について、以下の式を得る。<xi xj xk>は定数である。初期条件が既知の場合には、ゼロのままである。

43

4次以上のモーメントにも、同じことが当てはまる。このように、モーメントの値を逐次的に求めて、時間発展を解析できる。

ランジュバン方程式は、平均値で表される巨視的な軌道の周りに相対的に微小なゆらぎを加えて微視的な挙動を再現する、一種の現象論的な方程式である。現象論的なゆらぎの扱いを避けて、より厳密に定式化するには、確率過程における状態遷移の基本的な原理を表す、以下のチャップマン・コロモゴロフ方程式から出発する。

44

ここで、確率密度関数p(x,t)は、時刻tにおいて確率変数の値がxとなる確率密度を表す。確率密度関数p(x,t)の時間発展は、遷移確率密度W(y,z)から決まる。W(y,z)は、単位時間あたり、確率変数の値がyからy+zへ変化する遷移確率密度を表す。右辺の被積分関数は、xに遷移してくる確率とxから遷移する確率との差(差し引き正味の変動)である。積分は、すべての遷移の大きさについて足し合わせることを意味する。チャップマン・コロモゴロフ方程式の右辺の被積分関数を⊿xについてテイラー展開(Taylor series expansion)して整理すると、以下のクラマース・モイアル展開(Kramers-Moyal expansion)が得られる。

45

右辺第一項の係数Ai(x,t)は、以下の式で与えられる。この係数は、単位時間あたりの確率変数の変動の期待値であり、一次のモーメントと同等な情報を含む。遷移確率密度Wが既知であれば、直接Aiを計算できる。遷移確率密度Wが未知であっても、ランジュバン方程式が既知であれば、Aiはランジュバン方程式のμと一致する。

46

右辺第二項の係数Bij(x,t)は、以下の式で与えられる。この係数は、単位時間あたりの確率変数の積の変動の期待値であり、二次のモーメントと同等な情報を含む。ランジュバン方程式のσから計算できる。

47

右辺第三項の係数Cijk(x,t)は、以下の式で与えられる。この係数は、三次のモーメントと同等な情報を含む。ランジュバン方程式に従う系であれば、前半で述べたように、係数の値はゼロとなる。

48

Cijk=0であれば、クラマース・モイアル展開を2次の項で打ち切ることができる。その結果得られるのが、以下のフォッカー・プランク方程式である。

49

ランジバン方程式からモーメントの値を逐次的に求めて時間発展を解析するだけでなく、フォッカー・プランク方程式を直接解いて確率密度関数の時間発展を調べることができる。しかし、係数AiBijが定数や一次式でなければ、複雑な偏微分方程式になる。解析的に扱えるのは、ブラウン運動を表すウィーナー過程(Wiener process)や、摩擦を伴って安定点に向けて緩和するオルンシュタイン・ウーレンベック過程(Ornstein-Uhlenbeck process)などの一部の簡単な場合だけである。

チャップマン・コロモゴロフ方程式は、Cijk=0を前提としていない。一方、ランジュバン方程式やフォッカー・プランク方程式では、Cijk=0であり、チャップマン・コロモゴロフ方程式の特殊な場合になる。ランジュバン方程式やフォッカー・プランク方程式は、3次以上の項を無視した近似式であることに注意が必要である。Cijk=0となる背景にはガウス型白色雑音があり、ゆらぎの性質と大いに関連することも忘れてはならない。

次回は、ランジュバン方程式をコンピュータで数値的に取り扱う方法を述べ予定である。

pencil Dr. Yoshiharu Maeno, Social Design Group.

« 拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(6) | トップページ | 拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(8) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136256/48631733

この記事へのトラックバック一覧です: 拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(7):

« 拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(6) | トップページ | 拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(8) »