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2010年10月27日 (水)

拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(9)

typhoon今回は、感染症の拡散の初期において、メタポピュレーション・ネットワークにおけるSIRモデルを表すランジュバン方程式を解いてみよう。

拡散の初期での近似

メタポピュレーション・ネットワークにおけるSIRモデルを解析するには、3N個の確率微分方程式によって、時刻tでのノードniにおける感染者数Ii(t)、非感染者数Si(t)、治癒者数Ri(t)の変動を表す。本稿(6)で、反応拡散過程の特殊な場合として、この確率微分方程式の成り立ちを述べた。また、本稿(8)で、N=1の単一ノードの場合について、確率微分方程式を数値的に積分して、感染者数の変動の様子を示した。同じ統計的な性質に従っていても、ゆらぎの具体的な時系列によって変動が随分異なる。以下の式は、感染者数の変動を表す確率微分方程式である。この方程式の右辺第一項は新規感染に起因する変動、第二項は感染者の治癒に起因する変動、第三項・第四項は感染者の流入・流出に起因する変動、第五項以降がこれらの変動に付随して発生するゆらぎを表す。

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SIRモデルでは、感染者が増え始めると、やがて感染者数が急増するパンデミック(pandemic)となり、その後に感染が一巡すると収束に向かう。治癒者には免疫が働くので、もう一度感染することはない。全員が感染して免疫ができた状態は、安定な定常状態である。しかし、初期条件や再生率(basic reproductive ratio) ro=α/βの値に応じて、全員が感染せずに収束することがある。

ここで、パンデミックと言っても、現実には、総人口の10%といった多くの人が感染するのは、ごくまれな事例に限られる。病気の症状が深刻かどうかに係わらず、10%もの人が感染するのは人類滅亡の危機と言っていい。世界じゅうが凍りついた2003年のSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)の感染者数は、合計でも1万人に満たない。日本では、感染が発生していない。2009年のH1N1型(新型)インフルエンザの感染者数は、日本国内で902万人である。総人口に対する割合は7%である。7%でも、なかばパニックのような状況となり、ワクチン争奪戦が起こったほどだ。筆者は、日ごろの行いがいいせいか、世間への露出が少ないせいか、感染しなかった。20世紀最大の流行と言える1918年のインフルエンザ(スペイン風邪)の感染者数は6億人で、世界の総人口に対する割合は30%にあたる。これは危機中の危機である。

このように、多くの場合に、総人口に対する感染者の割合が比較的小さいとする近似は、妥当である。特に、感染症の拡散の初期の段階では、感染者数Ii(t)は、ノードniの総人口Pi(t)=Ii(t)+Si(t)+Ri(t)に比べて充分少ない。治癒者数Ri(t)は単調に累積していく量だが、初期の段階ではやはり少ない。Ii(t)≪Pi(t), Ri(t)≪Pi(t)が成り立つ。つまり、Si(t)≒Pi(t)が成り立つ。したがって、確率微分方程式の右辺第一項をαIi(t)と近似できる。以下の式は、この近似を適用した方程式である。感染に対応するゆらぎを表す第五項にも、この近似を適用する。この方程式の変数は、Ii(t)だけである。つまり、感染症の拡散の初期では、感染者数の増加の様子は総人口に依存しない。

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時刻tでのノードniにおける感染の累積数をJi(t)とする。観測データとの比較の面では、Ii(t)よりJi(t)の方が興味深い。時刻tでの感染者数を直接的に観測するのは難しい。SARSのような、「感染=患者を隔離して国家レベルの厳重管理」となる重い感染症を除くと、感染者がいつ治癒したのか知るのは難しいためである。一方、感染の累積数は、治癒のタイミングによらない。「感染=受診」と近似すれば、病院の日々の受診記録を集計しておおよそ推定できる。Ji(t)の増加の割合は、新規感染を表すαIi(t)に等しい。以下の式が、Ji(t)の変動を表す。

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時刻tでの感染者数の合計をI(t)=∑iIi(t)とする。以下の式が、I(t)の変動を表す。αとβのみに依存し、γには依存しない。

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時刻tでの感染の累積数の合計をJ(t)=∑iJi(t)とする。以下の式が、J(t)の変動を表す。

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これらが、拡散の初期での近似を適用して簡略化した一連の方程式である。次に、本稿(7)で紹介した方法を用いて、I(t)とJ(t)の時間発展を明らかにしよう。

感染者数の拡大

ランジュバン方程式の解となる具体的な軌道I(t), J(t)を求める代わりに、確率変数I, Jの時刻tでの平均m(t)と分散・共分散v(t)の時間発展を求めよう。以下の方程式が、Iの平均の時間発展を表す。ここで、θは、パラメータ群{α,β,γ}を表す。

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以下の式が、その解を表す。I(0)は、初期状態での感染者数を表す。感染者数の合計は、指数関数的に単調に増加する。増加の速度は、α-βで決まる。ただし、Ii(t)≪Pi(t)が成り立つ範囲を越えて、指数関数的な増加がいつまでも続くことはない。

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以下の方程式が、Jの平均の時間発展を表す。Jの平均の微分はIの平均に等しい。つまり、Jの平均は、Iの平均を積分したものである。

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以下の式が、その解を表す。第一項のみを取り出して定数項を無視すると、Jの平均はIの平均のα/(α-β)=ro/(ro-1)倍となる。ro=2であれば、平均的には、感染の累積数は感染者数の2倍となる。ro→∞では、治癒を無視できるため、Jの平均はIの平均と等しくなる。ro→1では、α-β→0となる。この場合には、指数関数をテイラー展開して1+(α-β)tと近似できるため、Jの平均はI(0)(1+αt)となる。

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以下の方程式が、Iの分散の時間発展を表す。

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以下の式が、その解を表す。やはり、指数関数的に増加する。第一項のみを取り出すと、標準偏差σ(t)=√v(t)の増加の速度はα-βで、平均の増加の速度と等しい。標準偏差は、平均の√(ro+1)/(ro-1)倍となる。

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以下の方程式が、IJの共分散の時間発展を表す。Iの平均と分散に依存する。

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以下の式が、その解を表す。複雑な式になる。第一項のみを取り出すと、IJの共分散はIの分散のro/(ro-1)倍である。

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以下の方程式が、Jの分散の時間発展を表す。IJの共分散とIの平均に依存する。

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以下の式が、その解を表す。かなり複雑な式になる。第一項のみを取り出すと、Jの分散は、IJの共分散のro/(ro-1)倍である。

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このように、指数関数的な単調な増加が基本的な性質となっている。平均の変動は、α-βから決まる。しかし、平均的な時間発展を観測できても、α,βそれぞれについての知見は得られない。一方、分散・共分散の変動は、α-βだけでなくα+βから決まる。ばらつきまで観測すると、α,βそれぞれを知るヒントが得られる。

次回は、移動に係わるパラメータγを含むより複雑なIi(t)とJi(t)についてのランジュバン方程式を解く予定である。

pencil Dr. Yoshiharu Maeno, Social Design Group.

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