拡散現象を媒介するネットワークのプロファイリング~反応拡散過程の統計力学と統計的推論~(10)
今回は、単位時間あたりノードniからノードnjへの移動の確率を表す多数のパラメータγijを含む、複雑なランジュバン方程式を解いて、感染者数の時間発展を表すIi(t)とJi(t)を得よう。
平均と分散・共分散の時間発展
ある特定の雑音系列についてのランジュバン方程式の解となる、時間に依存する具体的な軌道Ii(t), Ji(t)を求める代わりに、時刻tでの確率変数Ii, Jiの平均値mi(t)と分散・共分散値vij(t)の時間発展を考えよう。
以下の方程式が、Iiの平均値mの時間発展を表す。平均値mは、1行×N列の行ベクトルである。各要素は、各ノードに対応する。平均値mに付いたスーパースクリプトの[I]は、確率変数Iを表す。θは、感染と移動に係わるパラメータ群{α,β,γij}を表す。
ここで、N行×N列のマトリクスaは、θから決まる定数である。マトリクスaに付いたTは、マトリクスの非対角要素を入れ替える、転置操作(transpose)を表す。以下の方程式が、aとθの関係を表す。マトリクスaの非対角要素aij=γjiがゼロでなければ、時刻tでのmiの値は、その直前の時刻でのi番目の要素の他のj番目の要素mjの値に依存する。これは、感染者の流入や流出による、感染者数の変動を表す。
以下の方程式が、Jiの平均値mの時間発展を表す。スーパースクリプトの[J]は、確率変数Jを表す。ここで、右辺に注目してほしい。右辺は、パラメータαと感染者数Iiの平均値mとの積である。新規感染は局所的な事象であり、移動によって感染者が混ざる効果とは関係がない。局所的な事象を積み上げたもので、他のノードの感染者数には依存しない。
以下の方程式が、IiとIjとの間の分散・共分散値を表すN行×N列のマトリクスvの時間発展を表す。 スーパースクリプトの[II]は、確率変数Iを表す。
ここで、N行×N列のマトリクスBは、θとIiから決まる量で、変動に必然的に伴うばらつきの大きさを表す。以下の方程式が、Bとθ, Iiの関係を表す。Iiは時間に依存する軌道を表すため、Bも時間に依存する。時刻tでのBのアンサンブル平均<B>tは、平均値miの値から決まる。つまり、vの時間発展は、v自身の値と平均値mから決まる。ここで論じているメタポピュレーション・ネットワークでは、この性質が一般的に成り立つ。つまり、s次のモーメントを時間で微分した値は、s次のモーメントとs-1次のモーメントの関数となる。ここでは、s=2の分散・共分散値までしか扱わないが、歪度値、尖度値、それ以上高次のモーメントにも当てはまる。逐次的にモーメントの値を計算できる反面、高次のモーメントの時間発展を知るには、それ以下の低次のモーメントの時間発展を知る必要がある。
以下の方程式が、IiとJjとの間の分散・共分散を表すN行×N列のマトリクスvの時間発展を表す。
ここで、N行×N列のマトリクスc(t)では、対角成分がmiの値に等しい。以下の方程式が、cとmiの関係を表す。
以下の方程式が、JiとJjとの間の分散・共分散を表すN行×N列のマトリクスvの時間発展を表す。
形式解
ここまでに出てきたすべての微分方程式は、1次の線形の方程式である。複雑なマトリクスの演算を含むものの、解析的に形式解を導ける。まず、そのための一般論を述べよう。未知のマトリクス変数x(t)についての以下の微分方程式を考えよう。この式で、a, bは既知の定数のマトリクス、c(t)は関数形が既知の時間に依存するマトリクスとする。
以下の式で、変数をx(t)からf(t)へ変換する。
マトリクスAの指数関数exp(A)を以下の式で定義する。これは、スカラxに対する指数関数exp(x)をテイラー展開した無限級数の形式において、変数xにマトリクスAを代入したものである。収束する場合に限り、マトリクスの指数関数を定義できる。特殊な場合を除き、これ以上簡単な表現にできないので、マトリクスの指数関数の値を得るには多くの計算が必要である。数値計算の場合には、Aの固有値と固有ベクトルを用いて計算する方法が一般的である。
マトリクス変数f(t)についての微分方程式は、以下のようになる。つまり、f(t)は、exp(-at)c(t)exp(-bt)を積分したものである。
この積分を実行し、マトリクス変数f(t)をマトリクス変数x(t)に逆変換する。以下の式が、x(t)を表す解である。
この解き方を用いて、確率変数Ii, Jiの時刻tでの平均mi(t)と分散・共分散vij(t)を求める。以下の式が、Iiの平均値mを表す。I(0)は、初期状態での感染者数を表す。マトリクスの指数関数が表れるため、具体的な数値を得るのは簡単ではないが、指数関数的な単調な増加を足し合わせた振る舞いとなる。増加の速度は、マトリクスaの固有値によって決まる。
以下の式が、Jiの平均値mを表す。一見複雑に見えるが、定数項を除くと、Iiの平均値mと同じ振る舞いをすることが分かる。
以下の式が、IiとIjとの間の分散・共分散値を表すのマトリクスvを表す。特殊な場合を除き、積分を解析的に書き下すのは難しい。平均値と同様に、さまざまな時定数の指数関数的な単調な増加を足し合わせた振る舞いとなる。おおざっぱに理解すると、平均値の成長はマトリクスaに支配されるが、分散・共分散値の成長はマトリクスaの2乗に支配される。
以下の式が、IiとJjとの間の分散・共分散を表すのマトリクスvを表す。
以下の式が、JiとJjとの間の分散・共分散を表すのマトリクスvを表す。これまでと同様に、形式的には積分を用いて解を表現できたものの、非常に複雑な式となる。具体的な値を得るには、数値的な積分計算を行う。その意味では、微分方程式を数値的に解くのと、あまり違いはない。
時刻tが小さな場合といった特殊な条件をおけば、積分を解析的に実行し、平均値と分散・共分散値の関数形を得られる。求めた平均値と分散・共分散から、尤度関数L(θ)=P(Ii|θ)を書き下せる。
次回は、尤度関数を書き下し、ネットワークの構造や感染のパラメータを推定する方法を述べる予定である。
Dr. Yoshiharu Maeno, Social Design Group.
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コメント
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